タロットと時の替り目―平成から令和へ

こんにちは。タロットの世界へ、ようこそ。

4月末日が平成の最後の日、5月1日が令和としての最初の日になるらしいですね。

年号に対する感想はさておき、年号の替り目というのは時代の替り目です。

日本に暮らして、日本の年号も使うからには、年号のもつ数が何らかの影響力をもっているかも知れません。

そこで今回は平成31年と令和1年を神秘数秘術とタロットで読み解くとどう出るかを試してみましょう。
 
 
平成「31」年を神秘数秘術&タロットを通すと、この『皇帝』というカードが出てきます。

現実的側面をもった大人が腹を括っていて、実りのための活動を計画に従って行っている様子です。

地に足がつき、プランを着実に現実化しようとしてきた行程を表わしています。

足元には鳥の描かれた盾をもっていて、安全対策もあることが窺えます。
 
 
さて令和「1」年からはこの『手品師』が出てきます。

先ほどの『皇帝』と比べるとずいぶん若そうで、子どもか青少年らしく描かれています。

そのエネルギーは活き活きとしていて未確定です。

テーブルの上にはいくつもの道具が載っていて、手品師は今、杖と玉を手に取ったところです。

ドラえもんのポケットではありませんが、「サック・ア・マリス」と呼ばれる手品道具の袋は機知や知恵がつまっています。

まだ現実化するエネルギーではなく、まだ芽吹いていない種のような、可能性の塊といったエネルギーです。
 
 
現実化しそうなエネルギーから可能性のエネルギーに変化するとすれば、プランやギアのチェンジが必要になるかも知れません。

あるいは「チェンジが可能」なのかも知れません。

つまり変化のチャンスがあるわけです。
 
 
時の転換点を意味するカードがあります。

それはこの『運命の輪』で、運命の輪の取っ手がくるりと回されるとき、運命の転換が起こります。

変化のチャンスが描かれているカードというわけです。

このカードが教えてくれる運命の転換への上手い対処法は「内なる耳」です。

では3つの存在を調べてみましょう。
 
 
よく見ると、肉色の存在は片方の耳がよじれています。

耳を使っていないということのようです。

この存在が下を向いているは運命が下降線を辿っているという意味です。
 
 
では他の2つ存在はどうでしょう。

黄色の存在は2つの耳以外にもう1つ耳がついているようです。

3つめの耳をもっているのです。

この存在が上を向いているのは運命の輪を上向きに昇っているということです。
 
 
天辺にいる空色の存在には青い2つの耳がありますが、おでこを見ると青い3つめの耳があります。

この存在は止まり木の上にいて、時の波をサーフィンのように乗りこなしているのです。
 
 
3つめの耳が象徴するのは、自分の内側に意識を向け、魂の方から聴こえてくる声を識ることです。

それは外野の声に振り回されない自分だけの聖域にいるときに感じられる声です。

聖域とは「自分はどういう職業で、どういう家族や友達がいて、どういう義務や貸し借りがある」などということを一切ひきずらない時間を過ごすことのできる自分だけの領域です。

そこで真に自分自身の内から感じられるものがあります。

それが自分の運命の輪の舵を握るための大切な手がかりです。

魂からの声を聴くかどうかは当人の決断次第。

魂は今も内からその声を届けたがっています。

神の家に降る火は

こんにちは、タロットの世界にようこそ。

パリのノートルダム大聖堂、焼けてしまいましたね。

人的な被害も気になりますが、少し検索したくらいでは文化財のことばかり報道されているようです。
 
 
この火災をどう見るかはそれぞれの人の解釈のレンズによります。

パリっ子の人たちにとっては、子どもの頃から親しみある歴史的建造物なので、元に復元して安心を得たい気持ちがあるでしょう。
 
 
タロットに親しんでいる者として、少し違う見方をしてみたいと思います。

これは『神の家』というカードです。

右上から神の炎が建物の上に触れています。
 
 
このカードは天上界に属する7枚の内の1枚なのですが、特殊なカードです。

天上界の他のカードでは「ありのまま」を意味する裸で人間が描かれていますが、『神の家』では服を着た姿で描かれています。
 
 
このことを理解するのに、徒弟制度組合や秘密結社などの同志の会で使われたフレーズを使いましょう。

「上着を脱いで入ってください」

昔は衣服が社会的地位や身分と密接に関連し、自分の身分の衣服以外を着る事はありませんでした。

だからこそ、あのフレーズは、同志の会の建物内では、社会的地位の隔たりなく、ありのままで交流することを意味する象徴的な言葉だったのです。

同じ同志の会の会員であるならば、一旦、その会の建物の中に入れば、王様も平民も兄弟同士として交流するルールだったということです。
 
 
天上界に入ると、そのような社会的地位が関係なくなるので、ほとんどの人間が裸で描かれています。

そして『神の家』でも、建物の中に入って行くには、その言葉の洗礼を受けることになるのでしょう。
 
 
さて、前置きが長くなりましたが、ノートルダム大聖堂の火災の話に戻りましょう。

もしもこの火災が神からの火によるものならば、

神からの火は、社会的地位の装飾である上着を剥ぎ取るかのように、飾り立てた装飾を剥ぎ取って何かを伝えているのかも知れません。

天上界に来るために、神の家の扉の中に入るために――

「肉体や感情、精神の無駄な飾りを取り外しなさい。

虚飾を脱ぎ捨てなさい。

そうすれば、見えてくる真実、聞こえてくる真実があります」と。

今回のノートルダム大聖堂の火災をただの災難と見るか、メッセージをもたらす天災と見て、心の耳を傾けてみるか、それは一人ひとりにかかっています。
 
 

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タロットリーディングから学ぶこと

タロットセラピーをしていて、つくづく感じることは
自分以外の人の人生の一部を疑似体験しているということです。
ほんの一部ではあるが他の人の人生を垣間見ることで、
自分の知らない人生のあり方や自分では選択しないであろう人生を知ることができるのです。
考え方、価値観。
何を大切にして、何を一番に選ぶのか。
どんな人生を望むのか。
そして、選んで歩んでいるその人の人生。

人生のあり方は十人十色、千差万別どころか星の数ほどあるはず。
人生のあり方に普通なんてないし、平凡な人生の定義もない。

僕自身、人があまり選ばないような人生を歩んでいると思ってきましたが、
でも、波乱万丈な人や破天荒な人、常識破りな人、
奇想天外な人、独立独歩の人、夢追い人、などなど
びっくりするような人生の選択をしている人は意外とたくさんいて、
自分の人生だけが決して特別というわけでもないと気づかされます。

それぞれの人生がみんな特別だし、個性的だし
その人だけの人生です。

人生の歩き方にマニュアルもお手本もありません。
人の人生を真似ようとしても同じになることもありません。

カモワン・タロットの動的展開法は、毎回違います。
あらゆる形で展開します。
それは人の人生に決まったものがないことを表しているかのようです。

そういう意味では、カモワン・タロットのセラピーは常に新鮮で
リーディングするときはいつもどきどきしていたり、気持ちが張り詰めたりします。
僕は今でもリーディングに慣れるということはありません。

自分の考え、価値観などを持ち出してはいけないと思っています。
そんなものは通じないし、それではタロットの示すメッセージを読み取れません。

広い視野・視点で見るようにして、
ひとつの考えにこだわるようなことなく、
あえて自分の考え・価値観を捨て、フラットな気持ちで
目の前に展開されたカードのストーリーを受け入れるようにします。

自分で理解できない展開は、クライアントに素直に訊いてみることも重要です。
カモワン・タロットのセラピーは言い当てることを目的にしません。
あくまでも展開されたストーリーとカードが語りかけるメッセージを読み取ることが大事なのです。
そのために少しでもカードが見せている情報を言葉に変換するスキルを高める必要があります。
その変換のための法則が、カモワンの法則であり、暗号なのです。

その暗号や法則がスクールの秘伝です。
スクールではその秘伝を学ぶことができます。