恋人には針がある☆コンパス、時には棘(とげ)?

梅雨に入りつつある日本全国。

静かな雨の中、タロットで思いを巡らすのもいいものです。

さて、今回は「恋人」のカードを取り上げようと思うのですが、

カードの名前からも分かるように、

このカードのテーマのひとつは「恋愛」。

恋愛相手はどうやって選ぶかというと

それは感情です。

同意できますよね?

これは恋愛を中心とした感情生活全般が

主なテーマとなるカードです。

最近は結婚相談所がにぎわっているようですが、

ラブラブにもなれる相手を探すのなら、

相手は条件を書いて理性だけで選ぶのではなく、

感情を充分に加味して選ぶことが大切です。

「恋愛感情」という言葉でも分かるように

恋愛の守備範囲は感情エリアにあるからです。

また恋愛のために直観が有効であることも

このカードは伝えています。

ギリシャ神話のようにベビーエンジェルが矢を使うのは、

計算づくではなく、本当の恋への導きは

直観がメッセージの手段とされるからです。

このカードの3者は恋愛模様の中で様々に解釈できます。

最も分かりやすいのが3人なので三角関係です。

だけどタロットは象徴で伝えるものなので、

三角関係だけではなく、

男女のカップル&母親とか

男女のカップル&仲人とかにも解釈できます。

また上にも書いたように感情生活全般なので、

例えば友人との感情関係、

兄弟間の親の態度の違いによる感情関係など、

感情生活を扱うリーディングではよく出て来ます。

「恋人」が解決のためのカードとして出て来た場合は

感情を汲むことが解決になる場合が多く、

タロットが

「感情が指す方向で」

と伝えているのです。

感情は人が内側にもっているコンパスとも言えます。

自分の内からの声に耳を傾けることが一番ですが、

それでも迷ったときにはタロットを引いて、

理性がカギか、感情がカギかを調べるのは

いい判断の材料になります。

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跳ね回るタロットの数たち☆山奥でカードが舞い落ちたら・・・

こんにちは。

タロットをつらつらと眺めているといつも新しい発見があります。

講座の中で伝えられたアルカナがさまざまありますが、

それだけでなくタロットの無尽蔵とも思われる多くの象徴性が

わたしたちの知性を刺激して楽しませてくれます。

眺めていると数について頭にひっかかるものがありました。

タロットには大アルカナ、小アルカナがありますが、

小アルカナはさらに宮廷カード、数カードに分けられます。

カードの順位としては

大アルカナ>宮廷カード>数カード

となります。

大アルカナには基本的に数が描かれています。

(「愚者」のカードには数がありません。)

数カードはその名の通り、ほとんどのカードに数が描いてあります。

(玉の組には数の概念はありつつも数字は描かれていません。)

宮廷カードだけには数が描かれていません。

トランプの人物カードのように、

宮廷カードも数を割り当てて考えることはありますが、

かならず数として見るとは限らず、数字は描かれていないのです。

大アルカナ、宮廷カード、数カードの順位や属性を考えると

大アルカナの数と数カードに描かれた数は同じ数字でありながらも

性質が異なっているのかも知れません。

すぐに思いつくのは、抽象性と具象性の違いです。

大アルカナの数が「数そのもの」である性質が強く、

数カードの数は「ものの数」という性質です。

大アルカナの数が周波数を落とし固化・具体化していって

1つ2つと数えられるような数カードの数に現われるのでしょう。

2種類の数の間に、宮廷カードがある理由を想像すると、

「数そのもの」というのは、人間に先立って存在し、

人間が数を認識することで「ものの数」は成立するのかも知れません。

この辺りはどう考えていったいいか、まだ分からないのですが、

以前、聞いた公案らしき問題がちらりと頭をかすめます。

「誰もいない山奥の木の葉が舞い落ちた。

どんな音がしたでしょうか。」

いろんな答えが出てくるでしょうが、

ひとつの答えとして、

「聴覚器官をもつ存在がいなければ音は認識されない。

音はない。」

という答えもあるようです。

タロットはいろいろとわたしたちを刺激してきます(^-^=

 

聖クリストファーのお話からの続編

こんにちは。

先日、聖クリストファーについて書いたのですが、

この名前を名乗るように言われる前の名前は

「ゴルム」ということになっていました。

 
 
 
あまり聞いたことのない感じの名前だなと

思っていたのですが、

由来するのではないかと思うものがありました。

 
 
 
ユダヤ教の言い伝えに出てくる「ゴーレム」。

これは土で作られた人形で、

ラビが儀式や呪術によって生かし、

意志をもたせられることになっているものです。

 
 
 
製造後「自然に巨大化する性質がある」となっています。

聖クリストファーの「ゴルム」も巨人だったと

されているんです。

 
 
 
西洋文化圏で、土で作られた人の形のものと言って

思いつくのが「アダム」だと思います。

 
 
 
アダムは創造主によって赤土(アダーマ)から創られ、

神の息吹によって生命を与えられたとなっています。

 
 
 
わたしたち人類の肉体はその全てがこの地球から

もらった物質でできています。

人間の体は「地=土」によって作られていると

象徴的には言えます。

 
 
 
わたしたちの体はゴーレム(土人形)だと

喩えることができそうです。

 
 
 
「自然に巨大化する性質がある」というのは

どういうことかなと思いを巡らせてみました。

 
 
 
創造のはじまりのとき、アダムたちは

創造主と直接対話ができたことになっています。

 
 
 
(わたしの知識は小説の「旧約聖書物語」からなので

ユダヤ教の知識として厳密と言えないんですが(^v^ゞ)

 
 
 
きっと創造主を前にすれば誰だって

主の偉大さの前に頭を垂れ、自分の小ささを知るでしょう。

 
 
 
しかし祖たちの時代を遥か遠くにして

人類は創造主の存在を忘れ、

人類が何より進化した存在だと思うに到っています。

これが「自然に巨大化」した人間のエゴなのかも知れません。

 
 
 
ゴーレム(土人形)についての記述では

生かし始めるときに土人形の額に

「真理(emeth)」と書いた紙を貼るようなのですが、

壊すときには最初の「e」を消すことで

「死んだ(meth)」にすること破壊できることになっています。

 
 
 
タロットにも似た状況を表すカードがあります。

 
 
 
「名前のない13」と言われるこのカードです。

一見、怖く見えるこのカードですが、

実は過剰になりすぎたパーソナリティを壊し、

新たな状態に再生する様子を象徴します。

 
 
 
さて、最初の聖クリストファーについてですが、

新たな何かと出会う旅の途上で、

ゴルムは自分についても新たな変遷をしたはずです。

 
 
 
街を壊すまでに自我が「自然に巨大化」した

土人形ゴーレムである「ゴルム」は

川辺でキリストに出会い、キリストを担いました。

息子・臣下・デストロイヤーの部分がすでになくなり、

「クリストファー」に生まれ変わったのですから。

 
 
 
 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 
 
 
いい落ちがついたと思うのですが、

ついついヘンなことを想像してしまいました。

 
 
 
ゴルムにおんぶされた少年の姿のキリストが

後ろから額に手を伸ばして「e 」をゴシゴシ消した様子を。

『e を消したことで「(エゴ)ego」も消えたのかな』なんてね(^v^ゞ

 
 
 

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