跳ね回るタロットの数たち☆山奥でカードが舞い落ちたら・・・

こんにちは。

タロットをつらつらと眺めているといつも新しい発見があります。

講座の中で伝えられたアルカナがさまざまありますが、

それだけでなくタロットの無尽蔵とも思われる多くの象徴性が

わたしたちの知性を刺激して楽しませてくれます。

眺めていると数について頭にひっかかるものがありました。

タロットには大アルカナ、小アルカナがありますが、

小アルカナはさらに宮廷カード、数カードに分けられます。

カードの順位としては

大アルカナ>宮廷カード>数カード

となります。

大アルカナには基本的に数が描かれています。

(「愚者」のカードには数がありません。)

数カードはその名の通り、ほとんどのカードに数が描いてあります。

(玉の組には数の概念はありつつも数字は描かれていません。)

宮廷カードだけには数が描かれていません。

トランプの人物カードのように、

宮廷カードも数を割り当てて考えることはありますが、

かならず数として見るとは限らず、数字は描かれていないのです。

大アルカナ、宮廷カード、数カードの順位や属性を考えると

大アルカナの数と数カードに描かれた数は同じ数字でありながらも

性質が異なっているのかも知れません。

すぐに思いつくのは、抽象性と具象性の違いです。

大アルカナの数が「数そのもの」である性質が強く、

数カードの数は「ものの数」という性質です。

大アルカナの数が周波数を落とし固化・具体化していって

1つ2つと数えられるような数カードの数に現われるのでしょう。

2種類の数の間に、宮廷カードがある理由を想像すると、

「数そのもの」というのは、人間に先立って存在し、

人間が数を認識することで「ものの数」は成立するのかも知れません。

この辺りはどう考えていったいいか、まだ分からないのですが、

以前、聞いた公案らしき問題がちらりと頭をかすめます。

「誰もいない山奥の木の葉が舞い落ちた。

どんな音がしたでしょうか。」

いろんな答えが出てくるでしょうが、

ひとつの答えとして、

「聴覚器官をもつ存在がいなければ音は認識されない。

音はない。」

という答えもあるようです。

タロットはいろいろとわたしたちを刺激してきます(^-^=

 

聖クリストファーのお話からの続編

こんにちは。

先日、聖クリストファーについて書いたのですが、

この名前を名乗るように言われる前の名前は

「ゴルム」ということになっていました。

 
 
 
あまり聞いたことのない感じの名前だなと

思っていたのですが、

由来するのではないかと思うものがありました。

 
 
 
ユダヤ教の言い伝えに出てくる「ゴーレム」。

これは土で作られた人形で、

ラビが儀式や呪術によって生かし、

意志をもたせられることになっているものです。

 
 
 
製造後「自然に巨大化する性質がある」となっています。

聖クリストファーの「ゴルム」も巨人だったと

されているんです。

 
 
 
西洋文化圏で、土で作られた人の形のものと言って

思いつくのが「アダム」だと思います。

 
 
 
アダムは創造主によって赤土(アダーマ)から創られ、

神の息吹によって生命を与えられたとなっています。

 
 
 
わたしたち人類の肉体はその全てがこの地球から

もらった物質でできています。

人間の体は「地=土」によって作られていると

象徴的には言えます。

 
 
 
わたしたちの体はゴーレム(土人形)だと

喩えることができそうです。

 
 
 
「自然に巨大化する性質がある」というのは

どういうことかなと思いを巡らせてみました。

 
 
 
創造のはじまりのとき、アダムたちは

創造主と直接対話ができたことになっています。

 
 
 
(わたしの知識は小説の「旧約聖書物語」からなので

ユダヤ教の知識として厳密と言えないんですが(^v^ゞ)

 
 
 
きっと創造主を前にすれば誰だって

主の偉大さの前に頭を垂れ、自分の小ささを知るでしょう。

 
 
 
しかし祖たちの時代を遥か遠くにして

人類は創造主の存在を忘れ、

人類が何より進化した存在だと思うに到っています。

これが「自然に巨大化」した人間のエゴなのかも知れません。

 
 
 
ゴーレム(土人形)についての記述では

生かし始めるときに土人形の額に

「真理(emeth)」と書いた紙を貼るようなのですが、

壊すときには最初の「e」を消すことで

「死んだ(meth)」にすること破壊できることになっています。

 
 
 
タロットにも似た状況を表すカードがあります。

 
 
 
「名前のない13」と言われるこのカードです。

一見、怖く見えるこのカードですが、

実は過剰になりすぎたパーソナリティを壊し、

新たな状態に再生する様子を象徴します。

 
 
 
さて、最初の聖クリストファーについてですが、

新たな何かと出会う旅の途上で、

ゴルムは自分についても新たな変遷をしたはずです。

 
 
 
街を壊すまでに自我が「自然に巨大化」した

土人形ゴーレムである「ゴルム」は

川辺でキリストに出会い、キリストを担いました。

息子・臣下・デストロイヤーの部分がすでになくなり、

「クリストファー」に生まれ変わったのですから。

 
 
 
 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 
 
 
いい落ちがついたと思うのですが、

ついついヘンなことを想像してしまいました。

 
 
 
ゴルムにおんぶされた少年の姿のキリストが

後ろから額に手を伸ばして「e 」をゴシゴシ消した様子を。

『e を消したことで「(エゴ)ego」も消えたのかな』なんてね(^v^ゞ

 
 
 

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聖クリストファーの旅とタロットの旅

こんにちは(^-^)

今年初めての更新です。

伝説や民話には秘伝が隠されているものがよくあります。

そのひとつなのではと思っているのが、

聖クリストファーのお話です。

ソフィアの別ブログの方ですでにご覧の方も

あるかも知れませんが、

こちらではもう少し詳しく書いてみましょう。

聖クリストファーは3世紀頃の伝説的な聖人で旅人の守護者。

民話を省略版で以下に載せますと――

 
 
ゴルム(後の聖クリストファー)という巨人が農場で父に仕えていた。

彼にとって、父は「もっとも偉大な主」だったから。


ある日、父が王に税を払っているとを知った。

ゴルムはより偉大な存在である王に仕えようと旅に出た。

王に会ってみると、

王は「自分にとっては悪魔が恐ろしい」と言う。


今度は悪魔に仕えようと思って旅に出た。

悪魔がゴルムの前に現れ、一緒に町を破壊するよう命じた。

しかし悪魔は「教会だけは壊してはいけない」

「そこは王の中の王が住む場所だからだ」と言う。


そこでゴルムは悪魔と別れ、王の中の王を探した。

川辺で彼は「もうすぐ王の中の王がこの川を渡るだろう」と聞いた。

ゴルムは川辺に住み着いて、

人々が川を渡るのを手伝いながらその人を待った。


数十年たった冬の日、小さな男の子が現れて川を渡りたいと言った。

ゴルムは快く引き受けた。

川を渡り終えると男の子は姿を変え、イエス・キリストとなった。


ゴルムはついに王の中の王に出会い、感激した。

イエスは

「今まで(ゴルムが)川渡した人々すべてがイエス・キリストである」

といい、彼に「クリストファー」と名乗るようにいった。

クリストファーとは「キリストを背負う者」という意味です。

聖クリストファーの旅のお話、面白いですね。

聖クリストファーのお話が

タロットの代表的なカードである『愚者(LE・MAT)』と

とても重なる部分があるんです。

『愚者』もまた旅をする様子であることは一目瞭然です。

その後ろに犬がいます。

聖クリストファーは犬の頭の姿で描かれることがあるそうです。

『愚者』は『隠者』のカードとリンクするのですが、

カトリック教会版の聖クリストファーの伝説では、

隠者が川渡しを勧めたことになっているようです。

 
タロット全体の流れとの関連で、面白いことを見つけました。

5の倍数である5・10・15・20のカードにおいてです。

5は父を表す『法王(LE・PAPE)』です。

元の名前を見ると明確ですね。

10の『運命の輪(L’A・ROVE・DE・FORTVNE)』の上には

王冠をかぶった存在が描かれています。

15は『悪魔(LE・DIABLE)』のカード。

20の『審判(LE・IUGEMENT)』には

聖家族の図柄が描かれています。

「聖家族」だけで、

イエスに結びつけることもできそうですが、

せっかくですから「審判」ということからも。

ヨハネ福音書によると

最後の審判のときにはすべての人が復活の対象で、

善行をした人は生命をもって復活し、

悪行をした人は裁きを受けるために

復活するとされています。

また、聖書に書かれた復活のシーンは二つあり、

その一つはイエス・キリスト自身のもの、

もう一つはイエスがラザロを復活させたというものです。

つまり復活のシーンにはキリストは

必ずいたわけですね。

タロットの5・10・15・20のカードには

聖クリストファーが出合った存在が順番に

描かれているわけです。

何とも偶然とは言いがたい感じがしますが、

どう思いますか(^-^)

ちなみにタロットは象徴体系で描かれており、

「王」というのも単なる「王」ではなく、

象徴としての意味があります。

隠された智慧=秘伝のひとつですね。

聖クリストファーは「伝説の聖人」ということなので、

もしかするとこの民話も秘伝を伝えるために

作られたものなのかもと想像しています。

タロットも民話も興味深く、面白いものです。

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