ただ今「準備中」というときがあります

人は自分のことをもっと知る必要があります。

そんなとき、僕の場合はいろいろと思考や内観を繰り返し、
そのなかで自分が本当に望んでいるものはなにかを
自分の心に問いかけて、答えを見つける作業を続けます。

作業方法として、本を読んだりもします。
いくつかの本を読んだりすると
自分の求める言葉に出会ったりします。
涙が出るような感情で心が覆われ、心が揺り動かされたときそれを確信します。

タロットを使ったときも同じです。
リーディングの内容が心に響いたとき、それは本当のことだと気づきます。
リーディングの最中に気がつかなくても、
翌朝になって、静かに朝の準備をしているときや
街路樹を横目に通勤しているときなどに
ふとリーディングでみた象徴が何を意味しているか気づく瞬間があります。

僕も今必要な答えを見つける作業中です。
こういう時が時々めぐってくるのです。
ブログを書きたいのですが、
内側の整理が終わるまでは、なかなか発信作業に手がつきません。

これはⅩⅡの吊るしのカード

さかさまになって、いつもとは違う格好でじっとして瞑想しています。
このときは何も動きません。
そして手をひっこめた状態です。
こういうことが必要なときがあります。
吊るしのカードは「準備中」のような状態です。

先日「思考は現実化する」ということについて書いた

先日「思考は現実化する」の記事について続きです。

実は、このタイトルが、ナポレオン・ヒルの有名な成功哲学本であることは少しは知ってはいましたが、その本自体を読んだわけではなく、このキーワードが直感的に気になったので、文章にしてみたのでした。

あとで調べてみると、なかなかの批判を受けていることがわかりました。
この本に似ているのが、10年前ぐらいにブームとなった「引き寄せの法則」と「ザ・シークレット」です。
実は基本的に言わんとしていることは同じ。
ただ何しろ、内容は、経済的な成功を賛美していて、金持ちになるための本のようなもの。
これに対して、「願うだけ、思うだけで、そう簡単に豊かになるなんてあるはずがない」という批判がうずまき、自分の努力なしに夢がかなうかのようなことを言うのは詐欺だと多くの人がいうようになり、このブームは去っていきました。

あらためて本に目を通すと、確かに、「思考は現実化する」も「引き寄せの法則」と同様胡散臭さを感じます。
それは、経済的な豊かさを得るための、現世利益への誘導、誘惑が本の大半を占めるからだろうと思うのです。
「成功」「金持ち」「巨冨」「財産」などが主たるキーワードとして目に飛び込んできます。

実際、書籍出版のあと、CD、DVDが多数販売され、ワークショップなども開催されただけでなく、本家以外の紹介本、ブームに乗っかった多数のグッズ、書籍もたくさん出回り、現世利益を求めて、このブームにたくさんの人が殺到しました。

このことを意識してたら、あのブログは書かなかったかもしれません。
現世利益を得ることを称賛した文章と思われたくないからです。

ただ、冒頭に書いたように
単純に「思考は現実化する」のキーワードが気になったのです。

現実化させたいものは何も成功とか豊かさとかに限ったことではなく、
人は何か叶えたい願いや目標や夢があり、
それをいつか実現させたいと思っているもの。
だからここでは現実化させたい何かとは、そういうもののことです。

何かを実現したければ、その実現のためにしっかりと考え、そして行動する。
これがシンプルな実現への道です。
もととなるのは、純粋に、真剣に願う思考です。
それは信念という言葉でも置き換えられます。

何も思わず、思ったところで何も行動しなければ、何も実現しません。
失敗することはすべて経験となり、そこから次のアイディアが生まれる。
そのもととなるのが、(実現したいことを)思考するということです。

ただ、その思考の一方で、
これが実現したら困る何かを想像するようなら、それは実現しないということ。
顕在意識と潜在意識がシンクロすると、思考して行動する具体的な中身が実現性のあるものになるけれども、シンクロしていないときは、中途半端な計画だったり、なにか足りなかったり、行き過ぎたりした計画になり、実現しなくなるのだと思うのです。

つまり、「思考は現実化する」のあとに「しかし、思考しただけで現実化はしない。しかも純粋で曇りのない思考でなければならない」という言葉が続くのだと思うのです。

そうすると、最終的には「失敗を恐れず、やってみる」というよく聞く言葉に到達するのではないかと思います。

これは「ⅩⅩⅠの世界」というカード。

願いがかなう。成就するという意味をもったカードです。

願いがかなう人は、それまで多くの経験をしています。

愚者が純粋に目標に進み始めたら
タロットマンダラに並んだいろんな経験をして
大アルカナ最後のカードに到達したとき、願いが叶うのです。

そのさまざまな経験とはいったいなんでしょうか。
それはスクールでお教えします。


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人生を生きるヒントを探している人はいっぱいいる

こんにちは。
長友章二郎です。

人生って悟れるものなのでしょうか。
年を重ねれば重ねるほど
人生をよりよく生きるためにはどうしたらいいかと
その思いは深く強くなる一方のような気がします。

僕はいつからかスピリチュアルというものをより深く考えるようになりました。
若い頃、仕事のことばかりに必死だったころは、よく理解してませんでしたが、
独立して仕事を始めたころから、自分と人生のありかたを考えるようになり、
心の内面を見るスピリチュアルについて、少しずつ関心を持ち始めたのです。

妻と一緒にいろんなワークショップに参加しましたが
そこでいろんな知識を知ることが出来て、とてもうれしかったのを覚えています。
ただスピリチュアルのことを互いに話せる人は周囲にはいなくて、
いまでもそれはどうしてなのかなと思います。
ちょっとしたチャンネルの違いなのだけどなあと思うのです。

一般的にスピリチュアル自体は誤解が多いものです。
なぜなら、強い人、人生がうまくいっている人はスピリチュアルに関心をもつことはなく、
自分に自信がなかったり、周囲の人とのコミュニケーションがうまくいかなかったり、
意志が弱かったり、自尊心の低かったりする人たちが関心をもつために、
心の強い人から見れば、弱い人をだましているかのように思うのでしょう。

占い、パワーストーン、パワースポット、
浄化グッズ、アロマグッズ、オーラ、天使、etc.

これらはスピリチュアルの一部ではありますが、これがスピリチュアルそのものではありません。
これらはほんの入り口。

僕が考えるスピリチュアルとは、
「人としての成長をうながし、よりよい人生を生きるための智慧を得るための学び」だと思っています。

その学びの中に、いろんな弱さを持つ人や生い立ちの中での苦労がある人や人生での大転換を経験した人にとって、
救いとなり、前に進む原動力となるようなものがたくさんあるのです。

グッズや占いがいけないというのではありません。
入り口ですから誰もが通る道なのです。
ただグッズや占いで一喜一憂する人が多いうえに、
そこだけでビジネスになっているから誤解を受けてしまうのです。

メディアで扱われるスピリチュアルと呼ばれるもののほとんどが
このわかりやすいほんの入り口のものであり、
うわべの、ライトで、マイルドなものだけです。
それをスピリチュアルのすべてとは思ってはいけません。

タロットは占いの道具として広く知られていますが、
それはほんの一部しか活用していない状態で、
タロットには深淵な叡智が込められたひとつの書物なのです。
スピリチュアルのドアをたたき、中に入りたいと思った人は
その叡智を吸収することができると思います。

これは9の隠者というカードです。

隠者は賢者であり、たくさんの智慧を持った人です。
右手のランプは、その智慧を学びたい人のために
灯台のように掲げて、ここにくればその智慧が学べると導いてくれています。

お話会ではこの先をもっと詳しくお話しします。